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そしてオオカミ少年は扇動家になった

 前回の記事には、ありがたいことにほとんどの(記事をきちんと読んでくれた)方からは同意の反応を頂いた。

 一部、「安全保障はいろいろな可能性を考えるべき」「スリーパーセルがいないとは言っていないのだから議論をしないのは危険」「実際にテロが起きたらどうするのだ」というような反応もあった。

 私は、このような種類の反応が最も危険であると考えるので、ここで反論しておきたい。

 

 こういうケースを考えてみよう。

 地震の専門家、という肩書の人間がテレビに出て「いま一番やばいのは○○。三ヶ月以内に大きな地震が起きる」と言う。検証の結果、その自称専門家の発言にはなんら学術的な根拠がなかったとわかる。

 結局、地震は起きず、その自称専門家は何事もなくテレビに出続ける。

 このときに、「実際に地震が起きたらどうするんだ」「日本は地震のリスクが高いんだから、それを批判するのは平和ボケだ」というような批判は起こるだろうか?

 

 根拠を明示せずに不安を煽るのは、専門家としての発言ではなく脅しである。「あなたはタバコを吸うので肺がんのリスクが高い」は専門的発言だが、「あんた、このままだとガンになるよ」と占い師が言うのは脅しだ。

 このような脅しは、震災直後に散見された。

 

 多くの自称識者、自称専門家が、福島はおろか東京すら住めなくなるとまで言った。

 子どもたちは癌になるであろう、というものもいた。結果的に、それは誤りだった。しかし、人々は深く分断された。

 東日本大震災における福島第一原子力発電所の事故は、日本史に残る悲惨な災害である。だからといって、それを用いて根拠のない流言を流布し、不安を煽り立てるのはただのアジテーションである。 

 

 北朝鮮は日本の防衛にとって現実の脅威であり、外交や防衛は国家の重大課題だ。そして、我が国で拉致を含む様々な工作活動が行われてきたことは事実だ。

 だからといって、根拠なく自身の妄想を公共の電波に乗せ、不安を煽り立てる行為は、同じくアジテーション、扇動家とのそしりを免れまい。

 

 危険で深刻な自体であるほど、事実と想像を明確に分ける必要がある。人々がパニックになることが、国家の安定にとって最も危険だからである。

 はっきり言おう。「刺激的で不安を煽るようなことを言う自称専門家」は、国家の安全と安心にとって有害な扇動家でしか無い。

 もし自分がそうでないと主張されるのなら、まず論拠を示すことが必要ではないか。

 

 さて、三浦氏は、批判に答えツイッターで以下のように反論されている。

  私は、このツイートを見て衝撃を受けた。言うまでもなく、「大震災時の迫撃砲発見」という記述についてだ。

 ちなみに、本題に入る前に警察白書について触れておくと、平成29年度版の警察白書において北朝鮮については下記のように触れられているが、テロ行為が確認される、とは書いていない。

② 我が国における諸工作
北朝鮮は、我が国においても、潜伏する工作員等を通じて活発に各種情報収集活動を行っているとみられるほか、訪朝団の受入れ等、我が国における親朝世論を形成するための活動を活発化させている。

朝鮮総聯(れん)(注)は、28年2月、外為法違反事件に係る警察による朝鮮商工会館に対する強制捜査に関連し、機関誌への批判文の掲載等の抗議・けん制活動を行った。また、各種行事等に我が国の国会議員、著名人等を招待し、北朝鮮及び朝鮮総聯の活動に対する理解を得るとともに、支援等を行うよう働き掛けるなど、我が国の各界関係者に対して、諸工作を展開している。

警察では、北朝鮮による我が国における諸工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしており、28年までに53件の北朝鮮関係の諜報事件を検挙している。 

  過去には大韓航空機爆破事件などの例は挙げられているが、あくまで外交を撹乱するテロ活動として捉えられているものであり、武装蜂起等は私が見た限り存在しなかった。

 

 さて、迫撃砲の話だ。出典としては、読売新聞の2007年1月19日版の記事に下記のような一行があったというだけだ。また保守派の歴史学者である中西輝政氏が言及していることでも知られる。

日本に長年潜入中の休眠工作員(スリーパー)もいる。政府関係者によると、阪神大震災の時、ある被災地の瓦礫(がれき)から、工作員のものと見られる迫撃砲などの武器が発見されたという。  

 この話が真実であると仮定するためには、下記のような条件が必要だ。

  • 工作員が大阪府に武器庫を作っていた(ちなみに大阪府の全壊家屋の大半は豊中市である)
  • 「瓦礫の下」とあるので、全壊したと考えられるが、その武器庫のある建物は木造、もしくは築年数の古い建物であった。瓦礫の下だから、おそらく地下室等に隠されていたわけでもないだろう。
  • その持ち主は逮捕されていないし、起訴されてもいないが、北朝鮮の工作員のものであるとは判明している。彼らはなぜか大事な大事な武器を放棄して逃げたか、迫撃砲とともに木造築50年の建物の下敷きになった。
  • 2007年以前に誰ひとりとして、どの新聞社も記事にしていない。
  • 被災した誰ひとりとして、あるいは救助に当たった人間ひとりとして、証言していない。誰一人正確に見たものはいない。
  • 武器押収も公式にはされていない。裁判所にも記録がない。

 もし本当にこれが起こっていたとしたら、日本政府は相当に超法規的措置を取ったことになる。よほど訓練された部隊だけで秘匿的に処理し、工作員も拘束したのであろう。

 もし本当にこのような秘匿任務が存在したとすれば、いかなる情報ソースであれ国家機密の漏洩にあたるはずだ。

 

 オウム真理教が地下鉄サリンを起こす2ヶ月ほど前だ。山一抗争の記憶も新しかった。誰か目撃すれば、まず最初にそちらを連想していたはずだ。

 いずれにせよ、なんら法的手続きを経ること無く、超法規的にこの件を処理したとすれば、北朝鮮を利する売国行為だと糾弾されてもやむを得ないだろう。

 折しも、震災当時は村山内閣だ。まず、三浦氏は北朝鮮によるこのようなテロ行為を避難し、また当時の村山政権に対して「なぜこのような重大なテロを超法規的措置に処理したのか」と、堂々と非難すべきではないか。

 

 さて。まあ、そんなことをわざわざ言う前に、普通の人間であればこの話が荒唐無稽であることは理解できるだろう。

 三浦氏は、手当たり次第、なんであれ自説の正当性を補強できる根拠を探して、今回の迫撃砲の話に行き着いたのではないか。

 問題は、少しでも頭を働かせればデマだとわかるこの話に、何ら知的リソースを割くこと無く付言した三浦氏の人間としての姿勢にある。

 あらゆることを無検証、無批判に垂れ流し、突っ込まれれば「私は公にできない情報ソースを持っている」と発言する。

 これは少なくともアカデミズムに関わる人間が取るべき姿勢ではない。科学とは、検証可能であることが最低条件である。

 

 残念ながら、三浦氏は、それが真実であろうとなかろうと、自身に有利なことであればまるで真実であるように発言する、という姿勢を取られていると断じざるを得ない。

 そして、彼女は「リアリズム」の名のもとに、いかに我々が危機的状況にあるかを語る。根拠もないままに。それは、研究者ではなく扇動家が取る姿勢だ。

 オオカミ少年は、何度も嘘をつき、やがて誰からも信じられなくなった。しかし、扇動家はそうではない。彼らは常に不安を煽り続け、人々を安心させないことによって、人を動かす。

 はっきり言おう。根拠のない言論で人々を不安にさせることで自らの影響力を高めようとするのは、人間として最も唾棄すべき姿勢である。私は、全人格をもってそのような人間を否定する。

 安全保障という極めて重要なテーマの中で、根拠不明の情報を語るのは、日本にとって有害でしか無い。

 

 この「震災の瓦礫の下に迫撃砲があった」などという馬鹿げた、誰が聞いても信憑性がない話を否定するのにも、時間がかかった。

 映画「否定と肯定」で書かれた、デボラ・リップシュタット教授は、TED Talkでこう語っている。

www.ted.com

 私たちには何ができるのか?

 まず始めに、もっともらしい見た目に だまされないこと。その下の中身に目を向ければ、過激主義が隠れているのです。

 そして次に「相対的な真実」など存在しないと、理解しなくてはなりません。

 3つ目に、私たちは「攻め」に回らねばなりません。「守り」ではいけません。

 誰かが 荒唐無稽な主張をしてきたら、相手が その国で 一番偉い立場の人だったとしても、世界一偉い人だったとしても、言わねばなりません。

「証拠はあるのか? 根拠は何なのか?」

 

 言質を問わねばなりません。彼らの嘘を、事実と同列に扱ってはいけません。

 我々は常に「証拠はあるのか? 根拠は何なのか?」と問うていかなくてはいけない。それに答えられない人間に、あらゆる意味で安全保障を語る資格など無いのだから。