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「国会キス事件」と麻生・下村セクハラ発言 ー 大蔵大臣が働いた性的暴行の顛末から考える

麻生太郎 副総理兼財務相 「はめられて訴えられているんじゃないかとか、ご意見はいっぱいある」

下村博文 元文科相 「隠しテープでとっておいてね、そしてテレビ局の人がですね、週刊誌に売るっていうこと自体が、ハメられてますよね。ある意味で犯罪だと思うけど」

麻生大臣や下村元大臣が、かくの如き発言をした約70年前、「国会キス事件」が起きたことを皆さんはご存知だろうか。

これは、当時の大蔵大臣(今の財務大臣にあたる)である泉山三六氏が、国会内で飲酒をして(当時は認められていた)、参議院議員である山下春江氏に対してキスしようと暴行を働き、挙句に噛み付いて怪我をさせたというとんでもない事件である。

一体、この問題に対して、日本の立法府はどのように対処したのか、今回は議事録からその顛末を見ていただきたい。

 

昭和23年12月13日の衆議院本会議より。

山下春江君

本日午後六時ごろ(発言する者多し)午後六時ごろ、私ども大藏委員は、大藏委員会にかかつている法案の通過をスムースにするために大藏大臣の招宴がありました。その席上、泉山大藏大臣は泥酔いたし‥‥


〔「資格がない」と呼び、その他発言する者多し〕


議長(松岡駒吉君)

靜粛に願います。


山下春江君(続)

私に向つて、廊下に出ることを、彼は暴力をもつて強要いたしました。私も相当な力は持つておりますけれども、泥酔せる男子にはかないません。そこで、彼は暴力をもつて私を参議院食堂の外の廊下に引出しました。そうして、彼の行いました行動は‥‥


〔「恥を知れ」と呼ぶ者あり〕

驚くべきことに「恥を知れ」というのはこの山下議員に対する野次なのだ。

議長(松岡駒吉君)

靜粛に願います。

山下春江君(続)

私が恥を知らなければならないことを、私はここに断言いたします。私に向つて恥を知れと言う民主自由党に、私はあえて申します。大藏大臣に向つて私は申します。今晩あなたは泥酔して許される立場の人でない、そのあなたが何をなさんとするか。そんなことが何で今晩必要なんだと彼は申しました。私に恥を知れと言う前に、綱紀粛正を呼ぶ吉田内閣の恥を知らしめんと、私は立つたのであります。(拍手)


この追加予算が今夕通過するかしないかは、先ほど榊原女史が言つた通り、全國のこの公務員法に縛られた全官公二百万が、かたずをのんで待つている。この今夕、その当の責任者である大藏大臣が泥酔して、そんなことが何だ、おれは君が好きなんだという言葉が、どうあれば吐けるのですか。(拍手)綱紀粛正とは、一体全体どこなんでしよう。


〔発言する者多し〕


議長(松岡駒吉君)

靜粛に願います。山下君に注意します。一身上の‥‥


〔発言する者多し〕


山下春江君(続)

私はあえて申します。かくのごとき世界の注視の的であるこの追加予算の通過せんとするまぎわにおいて、保守反動と呼ばれる民主自由党内閣が、せつかく全國から選ばれたる女性の代議士をかくの如く扱いますることをもつて、世界は保守反動の党と言うのであります。


議長(松岡駒吉君)

一身上の弁明の範囲において発言せられんことを‥‥


山下春江君(続)

これを説明しなければ、一身上の弁明はわかりません。かくのごとき行動をとつた、これが私の一身上の弁明です。かくのごときことをこの壇上において言わなければならない日本國会の婦人代議士が、いかに侮辱されておるかを、満場の皆様は熟知されたでありましよう。こんなことで、日本の民主主義がどうして行われるのか。そういう吉田内閣によつて、このせつぱつまつた國会が動かされるのか。いかに日本國民が不幸であるか。


私は、泉山大藏大臣に侮辱された一身上の弁明を終え、同時に、かくのごとき内閣によつて、このせつぱつまつた國会が運営されておる日本國民の不幸を絶叫して、降壇するものであります。(拍手)

 

さらに、昭和23年12月14日懲罰委員会より抜粋。山下春江議員の発言。

しばらくして泉山大藏大臣は來られたのでありますが、何でも二、三ばいお酒を飲まれたと思うころ、そこに給仕に参りました食堂の女中を、首の所を何か抱きかかえたようなかつこうをして、これは私のたいへん好き――と言いましたか、愛しておると言つたか、何でもそういう婦人だから御紹介いたしますということを申しておりました。 

泉山さんはもうこんな所はつまらないからほかへ行こう、こういつて私の右腕をつかんで立たせようとしました。私が立たなかつたために、いすが横になりまして倒れそうになつたので、私は立ちました。立つたとたんに彼は非常な力を出して私を廊下の方へ連れ出したのであります。

それに反抗したのですが、かなり力のある人で廊下のまがつたところの階段におりるまん中辺まで來て、何をするんですかと言つたところが、やかましいことを言わないでも、ここにはだれもいないよ、こういうことでした。

泉山さんの力はかなり強いのと、その言動、行動が非常に狂暴なものがありまして、しかも私は日本の大臣がこういう行いをなすであろうかということを想像されないような、まことにここで発表することは泉山さんの人格の上からも、私自身も口にいたしたくないような行動を彼はとりました。

そこで私はやむを得ず、彼の力まかせに抱きしめておる中ですから、あちらこちら頭を振りまわしておる間に、私の左あごのところに今傷がついておりますが、彼が多分私の皮膚が切れたのではないかと思うほど非常にひどくかみつきましたので、思わず私は右の手で彼をなぐりつけました。それでやや手がゆるみましたので、私は抱きかかえておる手の下をもぐつて、私はもとの参議院へ帰つて行きました。

これはもう、セクハラというレベルではなく、性的暴行である。しかし、この発言に対して、なぜか山下議員の態度を問う質問があった。

鈴木(仙)委員

山下さんの平素の行為、そのときほんとうにやさしい婦人代議士として典型的な態度をとつておられたかどうか。 

明禮委員長

それからもう一つお尋ねいたしますが、あなたはどのくらい酒を召上りますか。

〔「いらぬことを聞くな」と呼び、その他発言する者あり〕

 

明禮委員長

参考に聞いておるのです。どのくらい召上りますか。

高橋(英)委員

小さいコップですか。


山下春江君

そうです。ウイスキー・グラスのちよつと形のかわつた小さなグラスです。


高橋(英)委員

あなたがおさしになつたのではないのですか、立て続けに……。


山下春江君

断じてありません。

高橋(英)委員

この泉山さんと山下さんは、非常にお心やすいじやないかと聞いたのですが、先ほどの話ではそうじやなかつたのですか。泉山さんに対するあなたの呼びかけは「三六さん」というようにお言いにならなかつたですか。

 

山下春江君

断じて私は大臣に向つて、さような無礼な言葉を使つた覚えはありません。

最終的に、このあと野党は全面的に審議を拒否、泉山三六大蔵大臣は引責辞任と議員辞職に追い込まれた。

さて、結局、彼は、このあと失意の晩年を過ごしたのだろうか?

 

そうではなかった。泉山氏はかえって人気を博し、参議院議員で全国三位の得票数で当選し、十二年もの長きに渡り参議院議員を務めた。

なんと「トラ(泥酔する)大臣」を自称して、本まで出しているのだから、人間の面の皮はどこまで伸びるのか、想像を絶するものがある。

トラ大臣になるまで―余が半生の想ひ出 (1953年)

トラ大臣になるまで―余が半生の想ひ出 (1953年)

 

 一方、山下議員は「隙があった」と批判を浴び、更に、大臣を誘ったのではないかというデマも流布されたようで、落選の憂き目に合う。

作家、宮本百合子もこのように書いているが、これが世間の大半の反応(いや、女性がこう書いているということは、おそらくそれ以上)であったことが推測される。

山下春江代議士の日ごろの態度にもすきがあったことはたしかでしょう。婦人代議士があれほど、「婦人の問題は婦人の手で」といって立候補しながら議会開会の全期間をつうじてその議場の演壇からもっとも雄弁にうったえることができたのが今日の醜態事件についてであるということは、またブルジョア婦人代議士の悲惨なる境遇をものがたっています。

泉山問題について

残念ながら、性的暴行の加害者が免責され、被害者の態度などに矛先が向く、という風潮は、この七十年の間ほとんど変わっていないことがわかる。

普通選挙が施行され、女性初の閣僚が誕生し、野党第一党の党首や衆議院議長などにも女性が就任した。女性議員の数もほんの僅かではあるが増加しつつある。

それでも、何か問題がある時に、被害者の態度などに原因を求めるという風潮は、一切変わっていない。

我々は七十年間で歩みは遅くとも進歩している。そう書きたいところではある。流石に今こんな暴行があれば、二度と政界復帰は出来ないだろう。しかし、昨今の麻生大臣の発言を見ると、その僅かな歩みすらも陽炎の如き幻想であったのではないか、という思いが強くなる。

 

改めて、本会議での山下議員の演説を載せておく。

かくのごときことをこの壇上において言わなければならない 日本國会の婦人代議士が、いかに侮辱されておるかを、満場の皆様は熟知されたでありましよう。

 

こんなことで、日本の民主主義がどうして行われるのか。そういう吉田内閣によつて、このせつぱつまつた國会が動かされるのか。いかに日本國民が不幸であるか。 私は、泉山大藏大臣に侮辱された一身上の弁明を終え、同時に、 かくのごとき内閣によつて、このせつぱつまつた國会が運営されて おる日本國民の不幸を絶叫して、降壇するものであります。