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「治安維持法」はなぜ暴走したのか?

治安維持法を正しく知る

共謀罪法案は、しばしば治安維持法を引き合いに出して語られることがある。

しかし、治安維持法はその知名度に対して、必ずしも実体が認識されているとはいえない。

治安維持法とは

制定当時の条文

國体ヲ變革シ又ハ私有財產制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ處ス前項ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス

 

国体を変革し、または私有財産制度を否認することを目的として結社を組織し、または情報を知って加入したものは十年以下の懲役または禁錮に処す。前項の未遂罪はこれを罰す。

制定当時の目的

治安維持法とは、上の条文にある通り、「国体を変革すること」と「私有財産制度を否認」を目的とした行為を罰する法律である。

当初この法案は共産主義のみを禁じるために作られた法律だった。

これは、普通選挙の導入と共に、当時台頭してきたソ連の影響を抑えようという目的があった。

 

当初、この刑罰は広く適用されていたわけではない。あくまで共産主義者のための刑罰だった。

当時の共産党は、今のように穏健なものではなく、議会制度の否定や暴力革命を目的としていた。その点で、当時の治安維持法が必ずしも悪法とはいえないだろう。

共産主義は、議会制民主主義の最大の敵だった のだ。

 

昭和3年(1928年)の緊急勅令

結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ二年以上ノ有期ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス

 

結社の目的遂行の為にする行為を為したるものは二年以上の有期の懲役または禁錮に処す

大きく治安維持法の色彩が変わったのは、昭和3年(1928年)の改正である。

これによって、結社の構成員であることを証明しなくても、治安維持法を適用できるようになった。

 

この改正は、極めて大きな意味を持つ。つまり、「国体変革」も「為にする行為」も、曖昧で、明確に定義された言葉ではないからだ。

どのような行為であれ、特高が判断すれば「国体変革の為にする行為」になりうる、という形で運用された。

 

条文自体も「国体変革」を明確にし、共産主義だけではなく国家転覆を目指すものを広く取り締まるようになった。

最高刑も死刑となった。

 

平沼騏一郎と検察組織

これは、検察官僚であった平沼騏一郎の強い意向が働いた、と言われる。

平沼騏一郎は、ジーメンス事件などを通じて政界に強い影響を及ぼすようになっており、田中義一内閣に治安維持法の改正を認めさせた。その後も帝人事件などで、権限を強めていく。

この改正と歩調を合わせるように、特高・検察の権限が強まっていく。1933年には小林多喜二が投獄される。

 

暴走する権限

その後、大多数の方がイメージするような治安維持法の運用が始まっていく。

大本事件のような宗教弾圧や、反戦主義者、自由主義者への弾圧など、特高の暴走はもはや歯止めの効かなくなっていった。

 

最終的に治安維持法を理由に七万人以上が逮捕され、苛烈な拷問を受けた。

 

治安維持法から我々が学ぶべきこと

曖昧な法令を残してはならない

治安維持法がこれほどの悪法と呼ばれるようになったのは、「国体変革の為にする行為」という、検察の恣意的判断によって判断しうる行為を有期刑の対象にした点にある。

法案にはこのような曖昧な文言を残すべきではない。

 

治安維持法は、当初共産主義の暴力革命を防ぐ、という目的を持った法案だった。しかし、改正される中、更には日本が全体主義に陥る中で、警察・検察にとっての魔法の杖になっていった。

そして、そのような運用を可能にした曖昧な刑罰法は、やはり問題であったと言えるだろう。

 

共謀罪との共通点

共謀罪は、「テロ行為」の「共謀」という、極めて曖昧なものを刑罰対象にしており、例えばテロの資金源になるような活動、あるいは下見などの実行準備行為が幅広に対象になっている。

これは、「国体変革」の「為にする行為」という改正治安維持法の条文のように、かなり曖昧で対象範囲が広い法案ではないか?

 

治安維持法が国家にとって都合の悪いことを目的とした活動を全て取り締まるようになったように、共謀罪も極めて広く運用されるのではないか?という懸念は払拭されていない。

 

一方、当然相違点もある。「テロリズム」あるいは「組織的犯罪」は、政府答弁により一定の見解が作られており、「国体変革」よりも絞られている。(これについては、緒方林太郎議員の質問主意書に詳しい)

第193回国会 147 テロリズムの定義に関する質問主意書

現状で抑制的な運用がされているとは言え、これはあくまで慣例として適用されているものだ。「組織的犯罪」あるいは「テロリズム」の定義がより広がらないとは限らない。

 

当時問題になったのはむしろ特高の過酷な取り調べである。この点については、近代国家なら流石に拷問まで行うようなことはないはずだ。

 

拷問の禁止

www.huffingtonpost.jp

 

しかし、一点気になるのは、自民党の憲法草案において、下記のような改正が行われているところだ。

現行憲法では「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」となっているが、自民党の改正草案では「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、禁止する」となっている。ポイントは「絶対に」という言葉が外された点。

これがどのような意味を持っているかは明確ではない。

 

しかし、現在の司法制度には代用監獄の問題や、密室で長時間、脅迫的な取り調べが行われる問題など、多数の問題がある。

人権が守られる、ということが刑罰を行う上での最低条件である。現在の日本の司法制度のもとで、警察権限を強化することの意味を、我々は考えるべきではないか。

歴史から学ぶのであれば、曖昧で恣意的な運用のなされる刑罰法は危険だ、ということが言えるだろう。共謀罪はあまりにも対象の幅が広い。

 

共謀罪法案は、今国会で成立する見込みとなっている。