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【完全版】日本学術会議の「任命拒否」は、一体何が問題なのか?

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日本学術会議に関する動画をアップロードしました。可能な限りわかりやすく日本学術会議の任命拒否について解説しよう、という趣旨でして、顔出しするものなあと思いつつ、せっかくなのでやってみました。

こちらのエントリーでは、動画の元原稿をもとに、動画では話しきれなかったことも含め加筆しております。合わせてどうぞ。

 

YouTube動画

今話題になっている日本学術会議で、6名の研究者が任命されなかった問題についてお話します。

 

日本学術会議とはなにか

そもそも日本学術会議とは何か、という話なんですが、これは、別名「科学者の国会」ともいわれていまして、科学者の内外に対する代表機関です。

 

もともとは修士号以上を持っている方がそれぞれ選挙を行ってメンバーを選んでいたんですが、中曽根康弘総理の時代に、今のように「学術会議の会員・連携会員が推薦し、内閣が任命する」形でメンバーが互選で選ばれるようになりました。(*1)

自主的選出「変わらない」/学術会議会員の公選制廃止時/83年政府文書で明確

 

各国にこういったアカデミーはあります。

イギリスには王立協会。ロバート・フックがニュートンをいじめたり、その後ニュートンが会長になったりしたのが有名です。

アメリカには米国科学アカデミー。ドイツにはドイツ科学アカデミー。

 

内閣府の2015年の有識者会議向けの資料があるんですが、王立協会は7000万ポンドの予算で約7割が議会からの助成、全米科学アカデミーは予算が2億ドルで、8割が連邦政府からの支出、ドイツは9000万ユーロで全額公費、という感じです。

 

学術会議は、公的機関というたてつけで、全額公費で賄われ、予算は10億円。こうして比較すると、年代の違いはありますがそこまで公費支出が違うわけではありません。

 

一部で混同されて批判されていましたが、日本学士院というのもあります。

学士院はどちらかというと殿堂というか、名誉職的な側面があります。所属されている方は終身で、年金も出るのですが、自然科学でいえば、本当にノーベル賞級の方ばかりです。

 

例えばノーベル物理学賞の江崎玲於奈さんとか、IPS細胞の山中伸弥さんとか、そういった日本の発展、ひいては科学技術の発展に貢献した方々が生活に困らないよう、国家として年金をお送りしてるわけですね。ですので、学士院ではなく、日本学術会議がアカデミーの役割を実質的に果たしています。

 

日本学術会議はいわゆる理系だけではなく、文系の方も多い訳ですが、今回は主に政治学系、人文科学系の方がある種狙い撃ちに合ったわけです。

 

内閣に任命拒否された6名の方をご紹介します。

  • 京都大学教授で、キリスト教学者の芦名定道さん。
  • 東京大学教授で政治思想学がご専門のの宇野重規さん。
  • 早稲田大学大学院教授で、行政法がご専門の岡田正則さん。
  • 東京慈恵会医科大教授で、憲法学者の小沢隆一さん。
  • 東京大学大学院教授で、歴史学者の加藤陽子さん。
  • 立命館大学大学院教授で、刑法がご専門の松宮孝明さん。

 

私が最初に加藤陽子さんが拒否された、という名前を聞いたとき、加藤さんは新潮社から「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」というベストセラーを出版されていて、おそらく政治史という意味で日本で最も有名な方の1人だと思いますので、とても驚きました。

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

  • 作者:加藤 陽子
  • 発売日: 2015/08/11
  • メディア: Kindle版
 

 

宇野さんも保守思想や政治思想を学ぶ上では避けて通れない方ですから、驚きました。6人の方は、それぞれの分野での第一人者と言っていいと思います。つまり、学術的な実績や能力で拒否された、とは到底言えないわけです。

今回、何が問題なのかというと、いろいろ学問の自由とか、学術会議がなんなのかみたいな話も出てるんですが、実は問題は一点しかないんですね。

 

日本学術会議法との適法性

日本学術会議法にこういう条文があります。

日本学術会議法 第七条

会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。 

 

この「推薦に基づいて、任命する」の解釈が何なのか、という話なんです。例えば、憲法6条にこういう条文があります。

日本国憲法 第六条

天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。

天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。 

 

通常、「基づいて任命する」というのに拒否権があるとすると、天皇も総理の任命を拒否できるのか?みたいな法解釈が出来てしまいます。

つまり、「推薦に基づいて」というのは、その推薦をそのまま丸呑みする、推薦された人を全員任命することを前提に行われているわけです。

 

当たり前ですが、推薦に基づいて、ですので、定員を埋めるために他の人を勝手に任命することはもちろん内閣には出来ません。

ですので、仮に内閣が任命拒否する権能があると仮定すると、極論すると1人だけ残して後全員任命拒否したら、学術会議はたった1人だけの機関になってしまいます。

 

先程中曽根康弘総理時代に学術会議の方式が変わったという話があったのですが、法改正当時に中曽根総理がおっしゃっていることでもあります。

 

中曽根総理の答弁

昭和58年5月12日 参議院文教委員会で、八代英太(前島英三郎)議員の質問にこう答えています。

学会やらあるいは学術集団から推薦に基づいて行われるので、政府が行うのは形式的任命にすぎません。したがって、実態は各学会なり学術集団が推薦権を握っているようなもので、政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば  

 更に同じ日、手塚政府委員(当時は政府委員と言って、官僚が大臣の代わりに答えることができました)がこうも述べています。

私どもは、実質的に総理大臣の任命で会員の任命を左右するということは考えておりません。

仕組みをよく見ていただけばわかりますように、研連から出していただくのはちょうど二百十名ぴったりを出していただくということにしているわけでございます。それでそれを私の方に上げてまいりましたら、それを形式的に任命行為を行う。これが実質的なものだというふうには私ども理解しておりません。

 

まあ、ちょっと解釈の余地がないほど明確な答弁なわけですが笑 この解釈に沿って考えると今回の内閣の任命拒否は明確に違法なわけです。

 

解釈は変えていない?

実は、先日も野党ヒアリングが行われて解釈変更があったのかを問われているわけですが、解釈を変えてないと内閣府と内閣法制局は答弁しています。

 

何を言っているかというと、「形式的な任命行為を行う。実質的なものではない」という答弁は、「必ずそうしなければいけないというわけではない」から、実質的な任命行為を行っていい、と。こう政府は答弁しているわけです。

これは無茶苦茶な話で、こんな答弁がまかり通るんであれば、どのような趣旨の答弁であれ、「必ずそうしなければいけないというわけではない」というロジックは使えるので、政府の答弁はすべて後でいくらでもひっくり返せる、という事になってしまいます。

 

いや、それどころか、法律に書いてあることですら、「法律にはこう書いてあるけど、必ずそうしなければいけないというわけではない」ということで、好きなことをできてしまいます。 

はっきり申しますけども、そこまでの案件じゃないです。日本の法治国家としての根幹を壊して、法的安定性を犠牲にしてまで、すすめる話じゃないんです。

 

法的安定性と解釈変更

何が適法で何が違法か明確になってないと、法律というのは意味がないんです。

よくわからないうちに解釈が変わっていまして、いつ変わったかはわかりません。なんていう国家は法治国家じゃないです。

法律にはこう書いてあるけど、別にこれは守らなくてもいいです、なんていう国家も法治国家じゃありません。

 

憲法における解釈変更というと、いわゆる自衛隊の存在とかが有名ですけど、憲法66条第2項の「文民条項」というものがあります。

もともと自衛官は建前として軍隊じゃないので文民としていたものを、いや実質的に軍隊だから文民じゃないだろう、と解釈を変えたんです。

当初は、自衛官は文民に当たると解していた。

その後、自衛隊制度がある程度定着した状況の下で、憲法で認められる範囲内にあるものとはいえ、自衛隊も国の武力組織である以上、自衛官がその地位を有したままで国務大臣になるというのは、国政がいわゆる武断政治に陥ることを防ぐという憲法の精神からみて、好ましくないのではないかとの考え方に立って、昭和四十年に、自衛官は文民に当たらないという見解を示したものである。

 これは政府が明確に「解釈変更しました」と述べているんですね。

 

ただ、憲法というのは単純な立法ではなく、また憲法改正というのも通常の立法過程とかなり違うものになってしまうので、その是非はともかく解釈変更する意味というのはわかるんですね。

しかし、一般法というのは内閣が内閣の権限として法律を出して成立させることが出来るわけですから。これを閣法として出さずに勝手に解釈変更するのは、立法府を空洞化させる大変罪深いものです。

 

 

国会の意義とは 

そもそも国会というのは、議員と行政がお互い答弁して文字に残して、それをもとに国家運営していくことに意味があるわけですね。

これが議会人としての責務なわけです。それを、なんか知らないうちにぽいっと捨ててしまう。これほど議会や立法府を馬鹿にした行為はありません。

 

もう一つ。

日本学術会議法 第一条

日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄とする。 

まず、「所轄」なんですけど、芦部信喜さんが書かれた「憲法」に、所轄というのは任命権と予算権を持つくらいで監督権はほぼ働かない、という記述があるんです。

憲法 第七版

憲法 第七版

  • 作者:芦部 信喜
  • 発売日: 2019/03/09
  • メディア: 単行本
 

 

 更に、

日本学術会議法 第三条

日本学術会議は、独立して左の職務を行う。 

 

を合わせれば、法文上、日本学術会議が政府の監督権のない独立機関であることは明確である、と言えると思います。

 

もとより、学術会議法の二十五条には、内閣が学術会議のメンバーを罷免する際には学術会議の同意が必要、とあります。

 

内閣府は、任命拒否の根拠条文を

日本国憲法 第15条

公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

 に求めているわけですが、そもそも条文で罷免の権限を縛る立法をしている以上、それを根拠にはできません。

 

もし「内閣総理大臣によるすべての任命権が憲法上の権利である」という答弁を維持するなら、現状の日本学術会議法は、明文的に罷免権を制御し、憲法15条を犯す違憲立法である、という論理が成立してしまいます。

少なくとも現在の法制度上は、内閣は監督権も及ばず、辞めさせる権限もない。辞めさせる権限がないのに、任命を特定の人だけ拒否できるというのは一般的に考えてもおかしな話です。

 

先程の文教委員会で、中曽根総理はこうもおっしゃってるわけです。

独立性を重んじていくという政府の態度はいささかも変わるものではございません。

 

学問の自由ということは憲法でも保障しておるところでございまして、特に日本学術会議法にはそういう独立性を保障しておる条文もあるわけでございまして、そういう点については今後政府も特に留意してまいるつもりでございます。

そもそも拒否された先生方が刑法や憲法学、行政法などでそれぞれ日本の権威です。

もともと政府の審議会に入っていたり、司法試験の審査委員をやっていたり、第一人者です。その方々が法解釈を間違っているとご発言されているわけです。

 

いま行うべき議論とは

今いろんな形でわけのわからない議論の拡散が起きていますけど、いやそもそも学術会議が左翼だ、とか、税金の無駄だ、とか、不要だ、みたいな議論が、与党の国会議員の方からも出ているわけですね。

 

一つだけ申し上げたいのは、少なくともそういった議論は今回の論点ではない、ということです。(日本学術会議と日本学士院に組織としての関連性が皆無であることは、先程来書いているとおりですが)

今回の論点は、日本学術会議法上、任命が法的に適法か違法か、であって、日本学術会議がたとえ日本一無駄な組織だろうと、悪人ばかりを集めた闇の組織であろうと、この議論には全く関係しないわけですね。

 

明らかに内閣が違法な事をしたときに、その対象となった人、しかも国の発展に寄与している第一人者に悪い印象付けをするようなことは、公で発言される方がすべきではない、と思うわけです。

学術研究というのは本当に国の基礎であって、国家の発展のために欠かせない分野です。

 

普段科学技術振興だ!と言って、ノーベル賞を日本人が取るとオリンピックの金メダルと同じように大喜びする人でも、一度政権に飛び火しそうなら、事実関係を混同したまま、年金が高い!とか攻撃してしまう政治家がいるんだな、と思うと私はかなり暗澹たる気持ちになりました。

年金に関しても、ノーベル賞をとった方、世界の進歩に大きな貢献をした方が、例えば年金もなしに生活に困窮するようなことがあったら、その国は先進国と言えるのでしょうか?

 

学術的な評価、そして研究は、その人の思想信条と切り離して評価すべきです。本当に、マスコミも、あるいは一部政治家の方も日本の科学技術の軽視に組みしていないのか、あらためて自省していただきたいと思います。

 

国会を注視しましょう

この件を踏まえて学問の独立というのはまさに、国家から独立したところで守られるべきなんだな、と改めて思いました。

いずれにしても、今後おそらく、閉会中審査、臨時国会での審議などが行われます。

 

引き続きこの問題に、皆さん注視していただき、ぜひ、生の情報に触れていただき、考えていただきたいと思ってます。

 

 

*1 中曽根内閣当時は「登録学術研究団体を基礎にした候補者推薦」を行っていましたが、平成16年に選考委員会による推薦に変更されています