毎月勤労統計と賃金センサスの違い - 西日本新聞の指摘に関して
なんとなく気になったので。
この西日本新聞の記事に対して、
上記のような批判があった。
筆者の主張
ざっくり筆者の主張をまとめると、
- そもそも毎月勤労統計は不正確な指標である
- サンプリング手法の変更は、よりデータを正確にするために行ったのだから問題ない
- 西日本新聞にはデータリテラシーがない
というあたりになるだろうか。本当にざっくりなのでくわしくはリンク先を読んでほしい。
データの上振れについて
厚労省によると、作成手法の見直しは調査の精度向上などを目的に実施した。調査対象の入れ替えは無作為に抽出している。見直しの影響で増加率が0・8ポイント程度上振れしたと分析するが、参考値を公表していることなどを理由に「補正や手法見直しは考えていない」(担当者)としている。
西日本新聞の記事にはこうある。
政府自身が上振れしていることは認めているし、ローテーションサンプリングへの変更による影響は下記の資料にも明記されている。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/maikin-rotation-sampling.pdf
毎月勤労統計とはなにか
そもそもデータというのは、
- 正確であるかどうか?
- 継続的に同じ基準で取られているか?
の二つが重要だ。
さて、毎月勤労統計のページを見ると、調査の目的についてこのように書かれている。
毎月勤労統計調査は、雇用、給与及び労働時間について、全国調査にあってはその全国的の変動を毎月明らかにすることを、地方調査にあってはその都道府県別の変動を毎月明らかにすることを目的とした調査です。
つまり「変動を毎月明らかにすること」が目的だ。景気動向や政策の効果を検証するためには、上がったか下がったかが重要だろう。
多少のブレがあるにせよ、一貫した基準で取られていることが重要なタイプのデータであることが分かる。
ちなみに、賃金構造基本統計調査(いわゆる賃金センサス)との違いについても、このように書かれている。
賃金構造基本統計調査は、賃金構造の実態を詳細に把握するための調査です。労働者の雇用形態、就業形態、職種、性、年齢、学歴、勤続年数、経験年数等の属性別に賃金等を明らかにします。毎年6月分の賃金(賞与については前年1年間)について同年7月に調査を実施し、その結果については、翌年2月に公表しています。
毎月勤労統計調査は、賃金、労働時間及び雇用の毎月の変動を把握するための調査です。産業別、就業形態別の賃金等を毎月明らかにします。調査の結果については、翌々月上旬に速報、その半月後に確報として公表しています。
何が問題なのか?
問題は、異なる基準で取られた(上振れしている)データが、同じデータセットの中に収集され、時系列で比較されてしまうことにある。
変動を把握するための調査で、基準が変わってしまえば、その期間の政策の効果検証や景気の動向の確認ができなくなるということだ。
厚労省はサンプリング手法を変えながら、参考値を公表しているが、この参考値はサンプリング対象から外した標本だけを対象にした値なので、過去の数字と比較して並べることは出来ない。
先のnote の筆者は
平成30年以前は、むしろ公表値より共通事業所の方が高かったわけで、標本になんらかのバイアスがかかって、改訂前の標本はもともとちょっと低かった可能性もあるわけです。
と述べている。
しかし、バイアスがかかっていたなら、過去のデータのバイアスを補正した上で比較しなくては、知見は得られない。
過去のデータのほうが仮に間違っていたとしても、その間違った基準のデータと現在の正しいデータを突き合わせて比較すれば、実際の賃金の伸びよりも遥かに上振れした数値が出てしまう可能性があるのだ。
これは、時系列で比較するタイプのデータとしては致命的だ。Apple to Apple ではない。
総論
西日本新聞にデータリテラシーがないとは言えない。というか、少なくともちゃんと取材して「上振れしているが補正するつもりはない」と答えているんだからかなりちゃんとした取材であろう。
少なくとも過去の一定期間(過去一年とかでも)のデータに関しては、現状のデータと同じ基準で比較できるよう補正した上で公表する必要があるのではないだろうか。
あと、例えば参考値ではなく、一定期間は「旧基準での推定値」みたいなものを出すとか。
それが出来ないのであれば、政府は毎月勤労統計の発表に際して、「基準が変わっているから一定程度上振れしている(これは厚労省も認めている)」ことを丁寧に説明する必要があると思う。
厚生労働省のサンプリング手法変更に問題があるとは思わないが、上振れした数値を、まるで自らの政権の実績であるかのように喧伝することがないようにしてほしい。